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引き揚げ警護大隊の戦友会 あす最後の慰霊祭、40回の歴史に幕(産経新聞)

 ■「独歩四〇一会」 兵隊さん 感謝忘れない

 終戦直後の混乱する中国大陸で、日本に引き揚げる邦人の警護にあたった兵士らで作る戦友会「独歩四〇一会」が9日、歴史に幕を下ろす。最年少でも86歳と高齢化が進み、会の維持が困難になったため節目となる40回目の慰霊祭を機に解散を決めた。会員は「当時は日本人を守る一心だった」と振り返り、引き揚げた邦人は「無事帰国できたのは警護のおかげ」と感謝を忘れない。戦後65年、双方の有志は9日に京都市で営む最後の慰霊祭で、苦労をねぎらい合う。

 独歩四〇一会は、旧陸軍第118師団(京都編成)の独立歩兵401大隊のメンバーが昭和46年に結成した。同隊は戦中、万里の長城が続く中国北西部の内蒙古付近に駐屯していた。

 20年6月、米軍の沖縄制圧を受けた後、同隊は上海に向かったが、8月9日のソ連参戦に伴い、在留邦人の警護のため急遽(きゅきょ)内蒙古へとんぼ返りした。

 内蒙古の首都だった張家口近くに到着したのは終戦後の8月18日ごろ。駅は日本人女性や子供、老人らでごった返していた。帰国途中に暴徒化した人らの襲撃に遭う恐れがあることから、同隊の兵士は、邦人が乗る列車が通る駅や蒸気機関車の給水場、鉄橋などの警備にあたった。

 列車には屋根がなく、周囲の柵もほとんどない。「着の身着のままで哀れだった」と、四〇一会発起人の一人、椎田孝一さん(88)=大阪府豊中市。みな不安におびえていたが、椎田さんらには「ありがとう」と声をかけた。

 「幼心に、兵隊さんが守ってくれていると安心していました」。避難列車に乗っていた末光時枝さん(72)=箕面市=は、今も感謝を忘れない。

 当時小学1年だった末光さんが両親らと列車に乗ったのは、終戦から1週間後。4日前に生まれたばかりの弟も一緒だった。列車はのろのろ進んでは止まり、雨が降ればずぶぬれになった。

 ようやく、日本への船が出る天津に着いたのは出発から4日後。通常なら7時間ほどでいける距離だった。一家は20年10月、そろって帰国を果たした。

 同じ中国大陸でも、満州では大勢の在留邦人が取り残された。末光さんは「警護があったからこそ帰国できた。もしなかったら、満州のようにもっと悲惨を極めたはず」とかみしめる。

 401大隊約150人中、無事復員したのは約120人。独歩四〇一会には当初、60人ほどが参加し、毎年慰霊祭を行ってきたが、歳月とともにメンバーは年々減少していった。

 最後の慰霊祭は9日、京都市東山区の京都霊山護国神社で行われる。参加する会員は10人。末光さんら警護を受けて引き揚げた邦人の有志も参加する。

 「解散は残念だが、ここまで続けられて満足」と話す椎田さんは一方で「今は平和が当たり前になっているが、当時、多くの人が苦労したことを忘れないでほしい」と願いを込めている。

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